自販機の前に立つと、今でも胸の奥が少しだけざわつく。
並んでいるのは、あの頃と変わらない派手なパッケージの「微糖」や「カフェオレ」だ。
ふと、病院の待合室で父が握っていた、半分へこんだ缶コーヒーの冷たさを思い出す。
父は糖尿病を患い、最後は片足を失った。
あの甘い香りは、私にとって切なさと、
ほんの少しの恐怖が混じった記憶そのものなのです。
この記事では、父の糖尿病闘病を間近で見てきた私が、
シニア世代として健康を守るために「甘い飲み物」を断った理由と、
無理のない予防習慣のリアルをお伝えします。
コンテンツ
糖尿病が奪った父の日常と、シニアが知るべき代償
缶コーヒー1本の代償はあまりに大きかった
父は、いわゆる「昭和の猛烈社員」を地で行くような男でした。
仕事の合間に一息つくのは、決まって自販機の甘い缶コーヒー。
当時はそれが、働き盛りの男にとっての正義であり、唯一の癒やしだったのでしょう。
しかし、その積み重ねが静かに、確実に父の血管を蝕んでいきました。
糖尿病は「沈黙の病」と言われますが、本当にその通り。
目に見える症状が出たときには、もう手遅れに近い状態だったのです。
片足を失ってまで欲した「甘い毒」
糖尿病が悪化し、父の右足の先が黒ずんでいくのを見たときの衝撃は、
今も忘れられません。
壊疽(えそ)が進み、結局、膝下から切断することになりました。
それでも、入院中の父が隠れて甘い缶コーヒーを飲もうとしていた姿を見たとき、私は言葉を失いました。
依存の怖さを知った瞬間です。
糖尿病は、単なる数値の異常ではありません。
本人の尊厳と、家族の平穏を根こそぎ奪っていく病気なのです。
営業マン時代の猛烈な働き方が招いた健康の危機
日曜返上の土建電販営業。ストレスと糖分の悪循環
私自身も、かつては都内の中小企業で土建電販の営業として、現場を走り回る日々を送っていました。
建築現場は常に時間との勝負。
トラブルがあれば休日返上、実質的に日曜しか休めない生活が何年も続いたのです。
課長という立場上、上司の叱責と部下の不満の板挟みになり、
胃を痛めることも珍しくありませんでした。
お酒に弱い体質でしたが、接待の場では人当たりの良さでなんとか切り抜ける。
そんな極限状態を支えていたのは、皮肉にも父と同じ、手軽な糖分摂取だったのかもしれません。
お酒に弱い私が接待で守り抜いた「責任の所在」
「おかしいことはおかしいと言う」。
私は現場で、常に責任の所在を明確にすることを信条としてきました。
理不尽な要求を押し付けてくる上司にも、
現場のミスを隠そうとする部下にも、
毅然とした態度で臨んできた自負があります。
しかし、仕事には誠実であった一方で、
自分の体に対してはあまりに不誠実でした。
深夜の帰宅後に食べるコンビニ弁当、
接待帰りの締めの一杯。
体からの「もう無理だ」というサインを、仕事の責任感という言葉で封じ込めていたのです。
あのままの生活を続けていれば、今頃私は父と同じ道を歩んでいたでしょう。
60代からは「ブラック珈琲」を相棒に。無理しない予防
液体糖分を断つことが、最強の糖尿病対策になる
父の他界後、私は一つの決意をしました。
缶コーヒーを含め、加糖された飲料を一切口にしないことです。
最初は物足りなさを感じ、舌が砂糖を欲してイライラすることもありました。
ですが、一ヶ月も経てばブラック珈琲の本当の美味しさがわかるようになります。
豆の産地による香りの違い、苦味の奥にある甘み。
喉を通り過ぎる瞬間の爽快感。
今では、あのベタつくような甘さの飲み物を、体が自然と拒否するようになりました。
シニアにとって、液体で摂る糖分は毒でしかない。そう断言できます。
GL400を倒したあの頃の体力にはもう戻れない
かつては中型バイクのGL400を駆り、
東京から関西まで二日かけて引っ越しをしたこともありました。
重たい車体を倒してしまい、必死で起こしたあの頃の体力は、もう今の私にはありません。
シニアに必要なのは、激しい運動ではなく「無理のない継続」です。
階段を避けない、バイクを降り、自分の足で一歩ずつ進むことの大切さを、今さらながら噛み締めています。
過信は禁物。自分の衰えを認めることから、本当の健康管理は始まるのです。
介護の果てに選んだ、自分をいたわる一人暮らし
認知症の両親を看取って悟った「老い」の準備
母の介護もまた、私に多くのことを教えました。
認知症が進み、同じものを何度も買ってくる、
火を消し忘れる。
震災の避難所で混乱し、ご近所さんに病状が知れ渡ってしまったときの母の困惑した顔。
それらすべてに一人で向き合ってきました。
介護や施設とのやり取りを完遂したとき、
私の中に残ったのは「自分は子供に同じ思いをさせたくない」という強い意志でした。
離婚し、現在は一人暮らしですが、だからこそ倒れるわけにはいかない。
健康でいることは、周囲への最大の配慮なのです。
実家という重荷を捨て、アパートで手に入れた軽やかな健康
相続した実家は広く、思い出も詰まっていました。
しかし、今の私にはアパートの数歩で居間に行ける生活が合っています。
玄関からキッチンまでが近く、掃除の負担も最小限。
物理的なゆとりは、精神的なゆとりにも直結します。
無理をして大きな家を守るよりも、身軽になって自分自身のメンテナンスに時間を割く。
年金とパート収入でやりくりする今の暮らしは、かつての営業時代のような派手さはありませんが、
ブラック珈琲の一杯を心から美味しいと感じられる「静かな豊かさ」があります。
さて、そろそろパートに出かける時間です。
家を出る前に、水筒に熱いブラック珈琲を淹れる。
これが、今の私のささやかなルーティン。
完璧な健康体とは言えないけれど、昨日より少しだけ体が軽い。
それだけで、今日の仕事もなんとか乗り切れそうです。





